ブログ更新(2026.3.20)なんてことない誕生日の朝。取手で出会った、2つの花が教えてくれたこと CLICK!

なんてことない誕生日の朝。取手で出会った、2つの花が教えてくれたこと

54回目の誕生日は、雨あがりの晴れた土曜日でした。

朝、取手の花見山、井野天満神社へ。
ひとり(ぼっち)花散歩です。

ありがたいことに、私はまだ花粉症を知らずに生きています。
そんな私の朝に、ふわっと届いたのは——沈丁花の香りでした。


目次

沈丁花の香りが連れてきた、やさしい言葉

沈丁花は満開。
近づくほどに、胸の奥までしみるような、やさしい香り。

この花に出会うたび、思い出す言葉があります。

誰にでもやさしい言葉がかけられそうな気がする
沈丁花の香りただよってくる朝
(星野富弘 花の詩画集より)

この一節を思い出した瞬間、ふと、しばらく会っていない友人に
「アナログな手紙を書きたい」と思いました。

忙しい日々の中で、連絡はいつもスマホで済ませてしまうけれど、
手紙には、言葉の温度が残る気がするのです。


4年前に植えた寒緋桜が、今年も咲いていた

そしてもうひとつ。
井野天満神社の梅林の奥へ進むと、そこには——

4年前の誕生日に植えさせていただいた
八重咲の寒緋桜がありました。

東日本大震災復興の思いを忘れないように、と。
大切な友人が「ゆめあかりの桜」と名付けて、記念プレートまで作ってくれた一本。

あれから4年。
その日も、たくさんの花が咲きはじめていました。

何があっても、時期が来たら、ただ無心に咲く花。
そのシンプルな事実に、心がほどけるようでした。


54歳。見えないものが増えるほど、心は楽になる

54歳。加速する老眼で、見えないものばかり。
健康診断や人間ドックの結果は、試験結果や査定よりも怖い。
朝方の関節のこわばりに、毎朝小さな不安もあります。

でも、不思議なことに——
身体の「老い」と反比例するように、心が心地よくなっていく感覚があります。

ずっと心に絡んでいた
承認欲求、比較評価、自己否定、人の顔色。

「そんなの、どうだっていい」
そう思えるようになっていました。

つるまない。ぼっちでいい。殻にこもっていい。
開き直っていたら、いつの間にか、人間関係が断捨離され、
“いいご縁”と“いい距離感”に囲まれていた。

歳をとるのも、悪くないのかもしれません。


「なんてことない日常」を残すことは、未来へのやさしさ

駅前でクロワッサンを買って、
隣のセブンイレブンでアイスコーヒーを買って。
なんてことない、ゆっくり朝ごはん。

そして、ふと思います。

こういう“なんてことない日常”こそ、
実はとても尊いものなのだと。

そして、それを守るために、
「もしも」に備えることは、未来の自分と家族へのやさしさだとも。


行政書士として思うこと:備えは“完璧”じゃなくていい

終活や相続の相談を受けていると、よく聞く言葉があります。

「何から手をつけたらいいか分からない」
「ちゃんとできる自信がない」

でも大丈夫です。
備えは“完璧”じゃなくていい。

まずは、
・連絡先
・保険や銀行などの「手がかり」
・自分の希望(医療・介護・お墓など)
からでも、十分意味があります。

小さな一歩が、家族の負担を大きく減らします。


さて、仕事に行きますか。

仕事ができる環境に感謝しながら。
日常の「なんてことない優しさ・心地よさ」を見逃さない感性と余裕を持って、
今日も暮らしていこうと思います。

さて、さて。
仕事に行きますか。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次